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酒井先生の多読の講演会 (3)

昨日の講演会の時です。
ある方が先生に質問しました。
「辞書をひきたくなるのです。名詞は辞書を引いてもいいんじゃないですか?」と。

酒井先生の答えは「引いちゃダメです。辞書を引かなくてもいいと思えるくらいになるまで引かないほうがいい。」でした。

私も名詞を辞書で引いていたことがあります。
良く覚えているのは、loonという鳥が絵本に出てきたとき絵を見て鵜かな?と思ったんです。
でも記憶している鵜という単語と違ったので辞書をそれも英和辞典を引きました。
多読を始めて1年を過ぎたくらいの頃です。300万語くらいかしら?

loonって「アビ」という水鳥でした。
でもね、アビって鳥、私は見たことがないんです。
横溝正史かなんかで文字で見かけたくらいです。(笑)
脱力~、辞書をひいてもわからへんやん!色も姿も飛び方も!
でも、私は何が知りたかったんだろう?

絵本ですから絵を見ただけで水鳥だということはわかりました。
それ以上の情報はいらなかったかも、作者がその絵本で何を書きたかったということとはなんのかかわりもなかった。
「こんな感じの水鳥」で十分だった。

だいいち、アビったって日本の私たちの見ることができるアビと作者が描いたアビは同じじゃないかもしれない。
遠く離れた土地なんだもの。

その絵本を読んでいるときに気になる単語がありました。
なんとなくわかるのだけれど、もやもやしてはっきりわからない。
気になってつい主人に「この単語の意味知ってる?」って聞きました。
「辞書があるんやから辞書引いたらいいやん」(主人は当時は辞書を引かないことに否定的)

主人は辞書を引いてその意味を確かめていました。
でもね、私、聞きたくなかった。聞きませんでした。

たまたまその次に読んだ児童書に同じ単語が出てきたんです。
「わかった!こんな感じや!」ってその単語がわかったんです。
絵本の中で何度が出てきたその単語は少しずつ違った感じに使われていて、児童書ではまた違った感じで使われていたんです。

神経衰弱のように裏返っていたトランプのカードがパタパタと音を立てて表に返ったように感じました。
私は思わず主人に「あの単語こんな感じの意味よね。」と訪ねたところ「覚えてな~い」というのです。
(主人の名誉のためにいいますと、私よりは英語ができるのです。記憶力が人より劣っているとも思えない。(いいわけくさい? 笑))

辞書を引くってそういうことだと思うのです。
「意味を知る」ことと「意味がわかる」ということの違いでしょうか。
辞書を引いた単語を全部覚えられていたらすごいですよね。
学生の頃、いえ、多読を始めるまで、私はなんど同じ単語を辞書で引いたか知れやしません。

私は結構辞書好きです。なので辞書を引きたくなる人の気持ちがわからなくはない。
でも、英和辞書を引きながら本を読むことの苦痛(いつまでも前に進まない。話がぶつ切れになる。)も多読を始める前にさんざん感じてもいました。
だから「辞書を引くな」に納得もし、この言葉を聞いて(読んで)うれしかったのです。
開放された気持ちになれた。

「辞書を引くな」は老婆心かもしれない。「転ばぬ先の杖」はあるいは転ばなければ感じない痛さを知ることをのぞいているだけかも。
でも、酒井先生の言うように「辞書引き」は麻薬のような物かも。
辞書を引くことだけに頼ってしまう。辞書の中に正解を求めてしまう。
感性って甘やかすとドンドン鈍くなるもんじゃないかしら?

トランプがパタパタと表に返った瞬間、気持ちよかったですよ!
これこそ麻薬かもね~。

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