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精読って...

私はSSS式(?)の多読をしています。
多読の三原則ってのがありまして、

・辞書は使わない
・わからないところは飛ばす
・つまらなくなったらやめる

多読と精読はまったく違った方向を向いているのでしょうか?
辞書を引くことなく本を読んでいくわけで、分からない単語はとばして(時には分からない文ごと、あるいは章ごととばして)と書くとずいぶんいい加減に読んでいるように聞こえるわけです。

で、時々掲示板でも話題になるわけです。
「私は大好きな本をいい加減になんか読みたくない」と。

最近、掲示板に「精読って何?」と話題になっていました。
お仲間の意見、とっても面白かったです。

私は、多読を知るまで、辞書を引きつつ本を読んでいたわけで、そうすると10年の間に児童書がたったの20冊に満たないほどしか読めなかったわけです。
これは私の例ですから、10年に20冊に満たないなんてありえないとお思いの方もいらっしゃるでしょうけれど。

仕事で英語が必要とされているわけではなく、「子供の頃親しんだ物語、英語でなんてかいてあるのかな?」程度の興味です。
もちろん、海外旅行の時に英語が喋れたらいいなぁ。くらいの欲はあったのですが、
読書と会話がつながるとの考えはまったく持っていませんでした。

最初に読んだのは「赤毛のアン」です。今思うと無謀です。
これを辞書を引きながら読んだのです。どれくらいの時間がかかったかは覚えていません。
思い出せないくらいの時間がかかったわけです。

英語の本を読んだのはほとんど初めてでしたので、知らない単語が山盛りでした。
知らない単語を辞書でひいても文の意味がわからないと、イディオムかな?とまた辞書を引いていました。

何度も読んで覚えてしまっている邦訳の「赤毛のアン」ですから、読んだというよりも英語を読みながら邦訳を思い出していたようでした。
辞書をひいても分からないところがたくさんありました。

英和辞書を引いて、自分なりに日本語にして読むことは精読ではありませんね。
だって、プロの邦訳本があるのですから、そんなことする必要はないわけですよね。
原書で読むのは、誰かの(邦訳者の)フィルターを通さずに作者の書いた文章をそのまま味わいたいわけです。

やさしい英語で書かれた本をたくさん読むことで、自分の読みたい本を味わって読めるようになる。
私はそう感じています。
本を味わうことが精読かなぁと。

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